souyのブログ、“ケセラセラ!”

スペイン、バルセロナからのびっくり面白情報

私は常に(?)女性美を追い求めていますが、次から次へ美しい女性が目の前に・・。これは生涯追求しないといけないテーマかもしれません。

(第18回)続×13回・美意識(センス)のない世界!?



     =再び、この世に「美しさを計るモノサシ」はあるのか?=



オーラー、お元気ですか? 日本語教室に先日からスペイン人に混じって、 ペルー人
とラトビア人がやって来ました。


ところがラトビア人の女の子に「あなたはどこの国からですか?」と聞くと、 「レト
ニアです」と答えるではありませんか。私はてっきり、リトアニアだと思って いたん
ですが、実は、ラトビアだったんです。


じゃあリトアニアはスペイン語で何と言うかというと、リトゥアニアなんだそうです。


    レトニア と リトゥアニア ?  こりゃ、ヤヤッコしすぎる!!
   (Letonia)   (Lituania)


そのうえラトビア人はレトン(letón/a)で、リトアニア人はリトゥアノ(lituano/a)、
もうワタシにゃ区別がデケマヘン! だいいちラトビアとレトニアは違いすぎる!!


          ほんと、スペイン語はヘンな言葉です。



とくに国の名前とその国の人をさす言葉は、日本語なら○○人ですべてオーケーなのに
全部違うんです。例えば、日本はハポン。日本人は、男はハポネス、女はハポネーサ。
まあこれはいいとしましょう!  


でも、米国はエスタードス・ウニードスで、アメリカ人はエスタードス・ウニデンセ。
中国はチーナで、中国人は、男がチーノ、女がチーナ。なんやカワラヘンやん!?
スウェーデンはスエスィア、人はスエコ(女の人? いや男がこれで、女はスエーカ)
スイスはスイサ、人はスイソとスイサ。 ね、頭、こんがらがっちゃうでしょ?


もっと奇妙なのが、都市名とそこに住む人、あるいはその都市の出身者。これはもう、
千差万別で収拾がつきません! スペイン人でさえ知らなかったりするんです。


          いくつか例を挙げてみましょう!


マドリードはマドリレーニョとマドリレーニャ。カタルーニャはカタランとカタラナ。
マヨルカはマヨルキンとマヨルキーナ。ガリシアはガイェーゴとガイェーガ、だとか!


いやいやもっとビックリは、東京がトキオ(そうそう、あの沢田研二の歌の通り)で、
東京人が、なんと、トキョータ、大阪人は、オサケンセ(男女の区別なし)ですって!
ハハハ、いったい誰が、勝手に私たち住民の名前を決めちゃったんでしょうか?


     オーラ、トキョータとオサケンセ! 元気でやってますか~??




               ▽    ▽



さて前回も、何回か前と同じ質問「この世に“美しさを計るモノサシ”はあるの?」
でした。何度もしつこくてすみません。でも今度も私の加入しているブログの皆さんを
中心に(メルマガの読者さんも頑張って!!)とても沢山のご意見をいただきました。 
本当にありがとうございます! さっそくそのホンの一部をご紹介しましょう!!



             ・・・・・・・・・・



★ 美しさを計る物差し、誰でも持っているんじゃないかな? それぞれの価値観の中
 でそれぞれの物差しを。 それは生まれや育ち等の身の回りの環境とか、躾や学んだ
 事や好き嫌いや、色んな事によって変わってくるから、『コレ!』って確固たる形は
 無いとは思いますが。人によって常識や許容範囲が違う様に、色んな長さ形の物差し
 があると思いますよ。それが個性というものでは無いでしょうか。
                           
                           〈はな〉   

               



★「美しさを計るモノサシ」?? ないわけがないよね。この世に絶対美や審美眼の類
 のものが存在しないだけで。
                           〈dance〉                            



★ はじめまして。美の基準、確かに抽象的で難しいですね。 人それぞれの価値観も
 ありますし。絵画やファッション、音楽、人の顔とか・・・。コレが一番というのは
 見つからないでしょうね。私は、常に?女性美を追い求めていますが、次から次へ、
 美しい女性が目の前に・・・。これは、生涯追求しないといけないテーマかもです。


                         〈koyazy@DISCO先輩〉  
                                                                         

                                                              


★ ご無沙汰しています! 「美しさを計るモノサシ」はあるのでしょうか???  
 ありません、どこにも。過去にも全くありません。もちろん、各自が自分自身のもの
 さしを作って測るのは勝手です。 国語の先生はあるスケールで夏目漱石が上と判断
 されたのでしょう。もしもきちんとした先生だったならば、そのスケールの成り立ち
 を説明してくれたかもしれません。それは、文書が長ければ美しい、とか、前置詞を
 つかわなければ美しいといった、客観的なものかもしれませんが、それを美しいと感
 じるかどうかは各人の感性によるところになってしまいます。


 ものさしとは誰が見ても判断できる基準を示したものなので、美しいというスケール
 はとても作れたものではありません。 では、誰にとっても美しいものを作ることは
 出来ないのでしょうか? 


 いや、それは可能なのです。たとえば、ドミソの和音は計算され、意図して作られた
 ものです。多分、一般的には美しいといってよいでしょう。では調子が外れたドミソ
 はどうでしょう? これは美しくないとすれば、そのはずれ度合いのスケールは作る
 ことが出来ます。それは確かに一種のスケールです。


 では、もう一つ要素をいれましょう。 スタインウェーのドミソとヤマハのドミソは
 どうでしょう? もっといえば、ホールのピアノと居間のピアノではどうでしょう?
 もう比較対照は出来なくなってしまいました。


 もう一つ条件をいれます。おなかを壊しているときのドミソと、宝くじが当たった後
 のドミソ、さてどちらが美しいでしょう? それとも同じでしょうか?


 もう同一人物ですら一定したスケールは作れないことになります。では音楽や展覧会
 の審査員などは意味がないのでしょうか? いやとても限定した条件でならば不可能
 でもありません。同一人物が短時間に判断基準を明確にして審査できれば、その人の
 中ではある程度明確な順位を付けることが可能かもしれません。なのでコンクールが
 一応は成り立つ根拠になるのでしょう。  長文失礼しました。                   


                            〈かぜ〉
                            


★ 面白いトピックなので書き込みさせていただきます。どんなものでも基準はある。
 だから社会がある訳で。 「美しい」という基準が存在する時点で「美しくない」が
 存在する。その「美しくない」が今の日本には多すぎるのでは・・。


 本来、日本人はモノの外面だけではなく内面の美をも重んじていた人種だったのに、
 戦後それをどんどん忘れて行ってしまって、今の日本人にとっての美しいものを計る
 基準は自分の中にではなく他人の中に。だから今の日本人は平気で、全く似合っても
 ない海外の高級ブランドを着て町を歩いてる。


 結論、もう美しさをはかる物差しもへったくれも今の日本には無い。でもそれが今の
 日本という国の独自性すなわち「個性」になりつつあるから感慨深い。                           


                            〈GnikrocK〉                           


             ・・・・・・・・・・




今回も私のワガママにおつき合い頂き、感謝にたえません。じつを言うと、人々の内面
の基準ではなく、社会的一般的な美の基準について質問したつもりだったのですが、
かなりの人が個人的な基準として捉えていたようです。 質問が不適切ですみません!


それにしても全般的なご意見としては「一般的な美しさの基準はないけれど、個人的な
モノサシは、確実に存在する」というのが、全体的なご意見のようでした。 たしかに
人はそれぞれ自分なりの美の基準を持っている・・ような気もしますが、でもそれは、
本当にそうなのでしょうか??? 


それこそ〈koyazy@DISCO先輩〉さんの言うように、美人を計るモノサシだってフラフラと(笑)変わったりします。実際スペインに来てみたら、ここでは一般的に色白女性はモテなくて、褐色の肌が美人の条件なんだそうです。「うそ~!」と思っていた私まで今では白い肌に違和感を感じるようになってきちゃったから不思議です!


また〈かぜ〉さんのご意見のように、おなかを壊しているときのドミソと、宝くじが
当たった後のドミソ(笑)。あるいは体調良好の時のドミソと、風邪をひいて喉がガラ
ガラの時のドミソはどっちが美しいでしょうか? 私の友人はハスキーボイスになりた
くて、嫌いなタバコを無理に吸ってましたから、これはもうその人の好き嫌いの問題。
そしてそれも、時とともに変わっていくかもしれないのです。


こうなるともう「美しさを計るモノサシ」なんて、もしかしたら一般的にも個人的にも
存在しないのではないかとさえ、思えてきちゃいます。 ところが、そうは言っても、
まだまだ私の中には「これは美しいけど、あれは美的じゃない!」と決めつけてしまう
美しさと醜さ(?)の基準のようなものがたしかにあるのです。


     すみません、ちょっと我慢してこの写真を見て下さい!! 
  

              

                                                              


人々のファッション感覚は、もう目も当てられません。 街を行く女性たち(失礼!、
恐れ多くて手がブレました!)の服の色づかいも、ショーウインドーの飾り付けも、
各地に設置されたモニュメントも、美的なセンスのかけらさえも感じられないのです。

もう少し色と形の組み合わせを考えてみたら? ちょっとは自分の体型に合う服装を
選んだらどうなの? たまには心に訴えるシックなデザイン、格調高い芸術的なものを
見せてチョーダイナ!!・・・、私としては、そう叫びたくもなってしまいます。

でもそれは無理! 彼らはそんな事に関心を示しません。ちょっとオーバーに言えば、
ファッションを自分の体型や他人の服に“似合わせる”気などなく、自分さえボニータ
と思えば、それでいいのです。カラーコーディネイト? 何それ、ってなもんです!!
             
            やや、これは言い過ぎました! 

彼らだってボクらとは違う「美のモノサシ」を持っているのかもしれません。それは〈GnikrocK〉さんの言われるような、長い歴史の中で培われた我々のものとはまったく別のもの。そしてそれは一般的全体的なものではなく各人各様に自由に発信してきたものなのかもしれません。だから彼らは、誰もが認める絶対的な美の基準の存在など、天から信じていないのではないでしょうか。

〈GnikrocK〉さん、彼らのファッションセンスにウンザリしながら、私もこんなふうに
感じています! そしてさらに「もしかすると本当の個性とは、そこから始まるのでは
ないか?」と、思えてきたのです。 でも、まだよくわかりません。みなさんは、どう
考えますか??  

   「一般的な美のモノサシを捨てたところから“本当の個性”が始まる?」

今回はこの私の拙い仮説について、ぜひ、みなさんのご意見を聞かせて下さいね~!!
決してむずかしく考える必要はありません。なるべく具体的にご意見をお寄せ下さい。 

             お待ちしてま~~~す!!!


     あなたのご意見は、以下のメールまでお寄せ下さ~~い!!!
          (掲載可能なお名前も忘れずにネッ!)

        《 送り先アドレス→ vivasouy1@mac.com 》



                  ★
                  ☆
                  ★

 
  では次回の “ようこそバルセローナへ” を、お楽しみに!
 
 
 
   ***  !!出版のお知らせ!! ***

      

                     


前もお知らせしましたように、このブログ「どうせ人生・ケセラセラ!」が“地球の歩き方”のダイヤモンド・ビッグ社より出版され、全国の書店に並べられています。みなさんのご購読のたまものと心より感謝いたします。
 
タイトルは、『熟年夫婦のスペイン行き当たりばったり移住記』。私たちのなんとも無謀な移住の顛末と信じられないハプニングの数々が、その後の出来事も含めてアレやコレや次々と登場します。ちょっと覗いてみて下さい。
 
           これからもよろしくお願いしますね!!
 
 
               ◇
 
それからmixiのブログでは、次のようなものもお届けしています。
 
              “なんでもアベコベ、日本とスペイン!”
             (Todo lo contrario, Japon y Espana !)
 
http://page.mixi.jp/run_page_apps.pl?page_id=255339&module_id=1434011
 
 
               ◇
               ◆
               ◇
 
 以下にその他の拙著をご紹介します。よかったら読んでみてください!
 
◎ 『勉強っていやいやするもの?』(大日本図書)
 〈中高校生向けですが、‘哲学’についてもやさしく解説しています〉
 
◎ 『脳みそのほんとうの使い方《ビギナーズ編》』(日科技連出版社)
  〈こちらはビジネスマン向け、姉妹編《マスターズ編》も出ていますよ〉
 
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たしかに人類は脳の発達とともに進化してきました。でもそれが本当に私達の幸せに つながったのでしょうか。ただ単に人を卑下し騙し攻撃する“ずる賢さ”を手に入れた とは言えないでしょうか。もしかするとそのためにこそ、子供たちは毎日学校に通って いるのではないでしょうか。


地中海の不思議の国・バルセローナ第2弾 みんなアベコベ、日本とスペイン!= 馬鹿でしあわせ、それとも利口で不幸せ? =  ーーー “Feliz en tonto, o Infeliz en listo ? ” ーーー
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