souyのブログ、“ケセラセラ!”

スペイン、バルセロナからのびっくり面白情報

ボクらは、本当に自分の目で絵画を鑑賞しているの?

(第16回)続×11回・美意識(センス)のない世界!?
          =自分の目で絵画を鑑賞してる?=



オーラー、先日ネットに、“世界一貧しい大統領”という記事が紹介されていました。
それはウルグアイの大統領ホセ・ムヒカ氏。 彼は「最高権力者」のイメージをくつが
えすような暮らしをおくっているというのです。

   なんて素敵な表情なんでしょう!   

     


           ウルグアイ第40代大統領
           José Alberto Mujica Cordado 氏

大統領の月収は日本円で約97万円、同国の平均月収は約6万円。その気にさえなれば
高級マンションで暮らすことも可能です。しかしムヒカ氏はそんな生活を望まず収入の
9割を寄付し、個人資産をほとんど持たないのだそうです。

彼の家は首都モンテビデオ郊外にある小さな農場、お世辞にもきれいとは言えない家で
毎日庭に洗濯物を干し、井戸から水を汲んでは、未舗装の道路を87年製のビートルで
ガタゴト走って街へと出かけていきます。

それでも彼は自分が貧乏だとは思っていません。本当に貧しい人は、ぜい沢な暮らしを
保つためだけに、働く人。 そして常に、「もっと、もっと!」と何でもを欲しがる。
けれども、多くの財産を持たない人は、財産を維持するために奴隷のように働き続ける
必要がない。財産はなくても、自分のための時間がある。これは誰にでもできる自由な
選択だとムヒカ氏は話し、さらにこう続けるのです。

「70~80億もの人類が、今後もこれまでのような「消費」と「無駄」を維持できる
のか? それだけの資源が地球に残されているのだろうか?」 

   「消費による成長は、もはや盲目の強迫観念ではないのか!?」・・・と。 


心がしめつけられる、素晴らしい言葉です。全ての子供たちがこんなふうに考えるよう
になったら世界は変われるのかも。今、必要なのはきっとそういう教育なのでしょう。



               ▽    ▽


さて前回の質問は、「ボクらは、本当に自分の目で絵画を鑑賞しているの?」でした。


前回と違い、今度は沢山のご意見をいただきました。本当にありがとうございます!

      では早速、なるべく多くのご意見を紹介してみましょう!!

             ・・・・・・・・・・


★ ピカソ美術館、行きました。正直言って、全然理解できませんでした。感動もしま
 せんでした。説明もカタランかスペイン語のみだったので、自分の感覚でしか絵を
 とらえられなかった、というのもありますが、自分としては、「ピカソはいろいろな
 切り口から物事をとらえられるんだな」という印象でした。でも本当に日本人も含め
 観光客が多かったですね。私も彼らがどうかんがえてみているのか気になります。
                           
                           〈やえぞ 〉

★ 語弊があるかも知れませんが、誰かの目を通さないと満足に絵を見た気になれない
 人、多いと思います。自分含め、そういう傾向ってあると思います。美術館へ行けば
 絵よりも手元のパンフレットや傍らの解説を一生懸命読んで、画集を開けば、巻末の
 美術評論家の解説と絵のページを行ったり来たりして、絵そのものでは理解できず、
 タイトルから何とか意味を汲み取ろうとしたり。特に抽象絵画とかはそうですが、誰
 かの解釈を借りて見ている部分ってあると思います。上手く言えずにごめんなさい。

                           〈インナーマッソー〉                            
★ 基本的にうちの場合、自分の目だけ信じてる。有名な絵画見て、何も思わないのも
 あるし、無名でも「いいな。」と思うものも。。あくまで自分の感性のみ。ピカソと
 ゴッホだけは、うちの中で、何も思わない画家の1人でもある。絵心ないかも。。

                           〈Joecool〉                            
★ 10年ほど前に、ある美術館で知的障害者の作品展がありました。治療の一環で描
 かせている絵や工作を集めたもので、素人目には決して上手でもなく、きれいなもの
 でもありませんでした。でも私の心には間違いなく彼らの魂の声が届いてきました。
 人とコミュニケーションがとれずにいる自分の思いや叫び、その熱い気持ちを一心に
 注ぎ込んで表していました。そして絵はその表現をそのまま私に伝えてくれました。
 命が吹き込まれた絵を前に感動しないなんて・・・。その事に関してはどんな巨匠や
 天才にも負けないものがあった、と今でも思っています。

                           〈きなこ〉                            
★ 「素敵な絵を見つけに行こう」・・いい言葉ですね。 みんなが本当は心の奥底で
 そう思っていたとしても、なかなかこの言葉は出てこないと思います。世の中では、
 みんながよしとするものがいいという風潮が流れていて、それらは、流行を生み出す
 ものであるけれども、感動というのとは違う気がします。名前の価値、つまりネーム
 バリューというのは歴史を経て作り上げられていくものですよね。 絵画であれば、
 何千人何万人という人が見て、それを心に留める。そのこと自体がすばらしいことで
 あって、名前はあとから知るというのでもいいわけです。
 ただ、絵画の経験がまったくない人間からすれば、その歴史を知るために道しるべと
 いうものが必要なんです。地図といったらいいでしょうか。「素敵なもの」を探しに
 行くためには、モネとか、ダリとかの標識がいるんです。それを無視することは、
 歴史を無視する。人類が生きてきてからの歴史を否定することと等しいと思います。
 ただ知らないからおかしいというのとは違います。

 有名画家!天才画家!とかいう言葉にひとは弱いです。人はあこがれをもって生きる
 動物ですから。名前負けしなきゃいいんだと思います。ちゃんと自分自身の目で実物
 を見る。芸術は体験だと思います。世界にただひとつ自分のためだけに描かれた絵と
 いうのがあっていいと思います。

 なんだかエラそうに述べましたが、私自身の体験をいうと、ピカソの描いた絵の一枚
 は私自身のこころの絵となっています。 蛇足ですが、カンディンスキーの絵の前に
 いたとき、音楽が聴こえてきました。こんな風に、それぞれのにんげんがその絵の前
 に立ったとき何かを感じる。体験するということが大切なのだと思います。

                           〈ヤスミン〉                            
★ 芸術家だって商売だからね、の一言で充分じゃないですか? 問題は「いい絵」か
 「悪い絵」かではなく、「売れる絵」か「売れない絵」かってことでしょ? で、私
 は基本的には「売れる絵」こそ「いい絵」、「売れない絵」は「悪い絵」だと信じて
 疑わない。資本主義ってそういうもんだもん。 画商だって美術評論家だって、商売
 なんだから、「売れる」か「売れない」かで判断しますよ。それはいまも昔も変わら
 ない。「売れない絵」を描く画家が注目を浴びないのは当たり前、「売れる絵」を描
 く画家の絵画展に人々が列をなすのも全然変じゃない。私に言わせればピカソなんか
 芸術家である前に、二十世紀最大のトリックスターですよ。 自分の目で絵画を鑑賞
 しているの?と問われれば、私自身の好き嫌いで観賞してるとしか答えようがない。

                           〈ナジャナジャ〉                            
★ これまで見たことも聞いたこともない作家や作品を、自分一人で見るのであれば、
 付加情報が無い状況で見ることになります。でも日本人はそうしたシチュエーション
 で鑑賞することを嫌います。そして自分の感覚に自信が持てなかったり、わからない
 ことに直面することを恐れる傾向があります、島国ですから。ツアーで旅行する人が
 やたら多いのと同じ理由です。

 しかし逆にヨーロッパでは新しい作家や作品を歓迎する傾向にあります。その中でも
 カタロニア地方は、欧州の辺境であると同時にスペインの辺境でもあります。感覚が
 一般的な欧州とも違います。そして大勢の作家を育てる風土を持っています。日本人
 の建築家がバルセロナで体育館を設計しました。落成式には30万人もの市民が訪れ、
 建築家は身震いしたそうです。日本では考えられません。そんな町だから、独創的で
 力のある作家が育つのだと思います。
                           〈171〉           
★ 有名画家に限らず、この世に存在するすべてのものについて、共通して言える疑問
 ではないでしょうか? 食べ物、ファッション、書物、アート、音楽からはじまって
 政治家などにもあてはまる事ではないかと思います。私たちの耳にする情報はすべて
 プロフェッショナルな人達によって作り出された、ある種のプロパギャンダの様な
 ものだと思います。

 例えば「ここのお店おいしいって聞いたから行ってみない~?」がきっかけとなり、
 足を運ぶお店は多いと思います。行ってみて本当においしかどうかを、自分の感覚で
 決められる人、そうではない人に分かれると思います。本当に噛みしめて、味わって
 いる人達はそれを自分の力で評価できます。大半の人達は、可愛いお店だから、有名
 なお店だから・・を理由に、肝心な食べ物のアートを味わずにおいしいと決めつける
 かもしれません。ただひとついえる事は、それが、本当に評価され、支持され続ける
 かどうかは、その物/人が持つ実力にかかっているのではないでしょうか。力のない
 物は消えてゆきます。

 絵画もそうではないでしょうか? 有名画家を有名だからと観に行って、その満足感
 だけで終る人と、本当に自分の感性で評価を決められる人。後者のようしていければ
 良いのではないでしょうか。またそうして支持していく人達がいるから有名画家、
 天才画家たちは時代を超えて残っていけるのではないでしょうか。

 でも自ら見つけ出したとっておきの穴場(または絵画)は、そこで楽しむ時間が濃く
 なり、何とも言えない満足感がありますよね。

                           〈i heart ny〉                            
             ・・・・・・・・・・
                                                                    
本当にありがとうございます! 今回はご意見がちょっと多すぎちゃったかもしれませ
んが、それぞれとても素晴らしいものだったので思い切ってご紹介してしまいました。


けっして私はピカソが嫌いでも、恨んでいるわけでもありません。ただあまりに多くの
人々が、「有名画家」たちの絵画展に列を作ってしまうことに、少し不思議さを感じる
のです。たしかに〈ヤスミン〉さんの言うように、それは道しるべかもしれません。
しかしほんとうに絵の世界に、道しるべや歴史の知識が必要なのでしょうか。

何をかくそう私も「世界的に有名な画家の絵ぐらい見ておかないとイカンナ~!」と、
美術展に並んだことがあります。そして「ねえ、ピカソ見た?」「うん、見た見た!」
などと友達とお定まりの会話を交わしながら、いつも奇妙な気持に襲われていました。

「見たか見ないか、知ってるか知らないか」が重要で、真に心で感じることはどこかに
置き去られている。これはまるで“真面目なお勉強”そのものじゃないか、なんてね!
(この言葉の意味は、拙著「勉強っていやいやするもの?」(大日本図書)に書いて
 ありますので、よかったら読んでみて下さいね!!)


そう言えば〈きなこ〉さんの体験談で思い出しましたが、ずいぶん前、日本のテレビで
一人の少年画家が紹介されていました。彼もやはり知的障害者でしたが、毎年どこかの
お寺で絵画展を開いていて、それが全てとても素晴らしい、迫力満点の絵なのです。
 

                                             


(この人がその人かどうか定かではありません。写真の人は、やはり知的障害を持つ画家、Akiさん=本名、木下明幸さんです。いい加減な記憶ですみません!) 


とくに印象に残ったのは絵の描き方です。たとえば散歩の途中、道端の一匹のカマキリ
に心を奪われると、彼はそこに座り込んで、瞬きもせず、すぐ近くで、そのカマキリを
食い入るように見つめ続けるのです。 ときには3時間でも4時間でも・・・。

        その色、その形、その動き・・・を、じい~っと!

そして、それが脳裏の中で鮮明な姿として捉えられた時、初めて立ち上がって、自宅の
アトリエに帰り、彼はキャンパスに向かうのです。描く時間は短時間、でもそこからは
カマキリの命の躍動感が生き生きと溢れ出ていました。彼にはデッサンの必要はありま
せんし、絵画の歴史や有名画家たちの知識をどこかで学ぶ必要もないのです。

 もしかしたら絵とは、あるいは芸術とは、こういうものなのではないでしょうか。

その画家が有名かどうかや、歴史的意味、また、〈インナーマッソー〉さんが言われた
解説やパンフレットも、ほんとうはまったく関係のないもの。私たちの魂が、裸でそれ
らと向き合うところにこそ、絵画芸術の真実の姿があるのではないか、そう思えて仕方
がないのです。

そしてもう一つわからないのが、美術学校です。現在では世界各地に数多く設立されて
いるようですが、でもほんとうに絵画の世界に“勉強”が必要なのでしょうか? 一体
何のために、そして何を学ばなくてはならないのでしょうか??

前にもお話ししたように、私は昔から芸術にうとくこの世界がよくわからないのです。
こんなボクのの疑問に答えてもらえると嬉しいです。ヨロシク、おねがいしま~す!!

というわけで今回の質問は、

          「美術学校は本当に必要なの?」、

です! 皆さんからの自由なご意見をお待ちしています。難しく考えないで下さいね。
     あなたのご意見は、以下のメールまでお寄せ下さ~~い!!!
          (掲載可能なお名前も忘れずにネッ!)

        《 送り先アドレス→ vivasouy1@mac.com 》


                  ★
                  ☆
                  ★

 
 では次回の “ようこそバルセローナへ” を、お楽しみに!
 
 
 
   ***  !!出版のお知らせ!! ***

      
        


前もお知らせしましたように、このブログ「どうせ人生・ケセラセラ!」が“地球の歩き方”のダイヤモンド・ビッグ社より出版され、全国の書店に並べられています。みなさんのご購読のたまものと心より感謝いたします。
 
タイトルは、『熟年夫婦のスペイン行き当たりばったり移住記』。私たちのなんとも無謀な移住の顛末と信じられないハプニングの数々が、その後の出来事も含めてアレやコレや次々と登場します。ちょっと覗いてみて下さい。
 
           これからもよろしくお願いしますね!!
 
 
               ◇
 
それからmixiのブログでは、次のようなものもお届けしています。
 
              “なんでもアベコベ、日本とスペイン!”
             (Todo lo contrario, Japon y Espana !)
 
http://page.mixi.jp/run_page_apps.pl?page_id=255339&module_id=1434011
 
 
               ◇
               ◆
               ◇
 
 以下にその他の拙著をご紹介します。よかったら読んでみてください!
 
◎ 『勉強っていやいやするもの?』(大日本図書)
 〈中高校生向けですが、‘哲学’についてもやさしく解説しています〉
 
◎ 『脳みそのほんとうの使い方《ビギナーズ編》』(日科技連出版社)
  〈こちらはビジネスマン向け、姉妹編《マスターズ編》も出ていますよ〉
 
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